チェンジリング
ネタバレあり
誘拐された子に替わって戻ってきた子のいけしゃあしゃあとした振る舞いは実にコワ面白かった。ここだけ切り取れば爆笑の不条理喜劇なんだけど、同時に子供を奪われた母親の気持ちを考えるとこの上ない悲劇なので、観てて実に気持ちがかき乱される。引き裂かれる。動揺する。
そのあとの精神病院のくだりはまったくもって体制の悪夢、ほとんどオーウェルの『1984』であって、非常に怖い。このへんもまた、冷静に観ることができなかった。「公式にきちがいにされてしまう」というのはどこまでも恐ろしい。その恐怖自体がほんものの狂気の入り口になりうるような恐ろしさであって、逃げ場がない。
犯人の描き方について。これは『ダークナイト』のジョーカーも同じなんだけど、アチラの「悪」ってのは単純に「悪いことをする」ってことじゃないんだよな。あの犯人が体現している悪ってのは、善くあろうとしている人の信念を破壊しようとする。「殺したのか」と尋ねて「殺した」と堂々と答えるようなのが日本人のイメージする大悪人だとすると、「殺したのか殺さなかったのか〜さあどっちだ〜」と謎をかけてひたすらカオスを作り出そうとするのがあちらの悪人だ。システムの中で割り振られた役としての悪ではなく、システムそのものを侮辱し、揺るがし、腐らせようとする。
克明すぎる絞首刑の描写に、花輪和一の作品をふと思い出した。イーストウッドと花輪和一がつながるとは意外だった。まあ私の脳内でのつながりですが。ふたりとも因果のつながりを克明かつ精緻に描き出し、その視線の力が強靭すぎてこの世の外にちょっとはみ出してる気味がある、という点で共通する。
そういや花輪和一、不成仏霊童女では「斬首される側の視点で絶命までの描写」という無茶をやってたな。
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で、この絞首刑の描写はリアルであると同時に残酷趣味の見せ物的でもあって、この辺がサスガっつーか、ちゃんと上半身も下半身もある映画、という感じでありました。
最後の場面で街の中の映画館にさりげなく『或る夜の出来事』がかかってるのがなんだかよいですね。
緻密な脚本を手堅く仕上げて見せた映画職人の仕事だと思いました。それでいてどこか雑然としているところがあるのも面白い。
しかし良い映画だけどこれ題材的にはこれ別にイーストウッドでなくても良いのでは、と思うところもある。まあ、イーストウッドは次回作『グラン・トリノ』が個人的には期待大なのであります。