『25時のバカンス』(市川春子)の保養所の2階の間取り

『25時のバカンス』初読時に、あることに気づいてブログに書こうと思ったが途中でやめてーーで、久しぶりに思い出して、やっぱり書いとこうと思って作品を読み返した。
そしたら自分の大きな見落としに気づいて愕然とした。
…でも(気を取り直して)書く、という記事。

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さて、『25時のバカンス』の主要な舞台である保養所の全景はこうだ。

「元々灯台だったのが壊れて むりやり海洋観測所として使ってたから間取りが適当なんだ」とヒロインの乙女(名前です)も語る通り、廃墟のような不思議な建物だ。
この建物の二階に、乙女と、彼女の弟の甲太郎が泊まることになる。
乙女の部屋と甲太郎の部屋は細い通路で隔てられているのだが、この通路は通路というより細いスリットで、乙女は通れるが体格のいい成人男性である甲太郎の身体は入らない。そこで、甲太郎は部屋にはいるためにまず壁を壊さなければならなくなる。
スリットは外部に素抜けになっていて、そこから海が見えている。

二人が寝泊まりするこの二階の間取りはどうなっているのだろう。作品内の描写から、私は部屋の配置は大体こういう感じではないかと推測した。配置以外(寸法とか)は適当なので大目に見て下さい。

(ちなみに上の間取り図はFloorplannerというサイトで作成した。最近はこの手のオンラインサービスが充実してて便利だ)
しかし間取りがこうだとすると、先に示した全景と辻褄があわないところがある。赤丸の部分にスリットが見えてなければならない筈だ。

別の角度から見た絵でもこの部分にスリットは見えない。

スリットに関しては不思議なことがもうひとつある。
前述したように甲太郎は部屋に出入りするために壁を壊して穴を開けているのだが、この穴はスリットのすぐ横にある。部屋の外から見るとこうなっている。

しかし、甲太郎の部屋の内側から見るとこうなっている。

夜の闇の中なのでわかりにくいが、なにかおかしい。これではスリットはなく、乙女の部屋もないかのように見える。

外観にスリットがないことについては、推測した間取り図が間違っている、というのが、まあ、一番ありそうなことだ。しかしスリットと壁の穴の関係については…作者が描き間違えているのだろうか。
いや、わざとこのように矛盾をはらんだ描き方をしているんだとしたらーーそういう読み方も面白いかもしれない。
乙女の部屋と甲太郎の部屋を仕切るスリットは、存在しながら存在しないのかもしれない。
この作品での乙女と甲太郎の関係は、メビウスの輪の裏と表のようにねじれながらつながっている。メビウスの輪の裏と表を仕切る境界が存在するようで存在しないのと、2つの部屋を仕切るスリットが存在するようで存在しないのは、パラレルな関係にあるのかもしれない。
また、深海生物によって内部が空洞になってしまい人格がその表面に張り付いている、という乙女のありかたは、彼女単体でメビウスの輪、というよりクラインの壺のようなものだ。内部と外部が連続するクラインの壺の表面に閉じ込められた彼女の思いは、裂け目=スリットを探し求め、やがて壺を割る…
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というようなことを初読時に漠然と思っとったわけです。
で、これ書くために読み返した。
そしたら最後の方のコマで、こんなのを見つけてしまいました。

あ、あれ?

スリット描いてる!

これが最後の場面での世界の決定的な変容のしるしなのか、単に作者がそれまで描き忘れていたのかはわかりませんが、ともかく、そこにスリットはあったのでした。
それにしてもなんで今まで見落としてたんだオレ。