ある誤読

映画『國民の創生』についての、町山智浩さんのWeb連載から

異人種混交への恐怖は、原作者トーマス・ディクソンのテーマだった。『クランズマン』(1905年)の前に彼が書いた小説『豹の斑点(はんてん)』(1902年)にも、サイラスと同じく、白人の友人の娘との結婚を望む黒人が登場する。しかし白人の牧師は人種的偏見に満ちた警告をする。「黒人の血が一滴でも入れば黒人になる。髪は縮れ、鼻は横に広がり、唇は厚くなり、知性の光の代わりに野蛮な情熱に火がつく」
http://www.shueisha-int.co.jp/machiyama/?p=545

これ読んでふと思い出したすごーくすごーく瑣末な記憶。

講談社ブルーバックスに『タイムマシンの話』(都筑卓司)という本がある。都筑卓司はサイエンス・ライターで、かつてのブルーバックスの看板作家という印象がある。ブルーバックスにおける著書の多くは今も新装版で入手可能だ。

その『タイムマシンの話』のエピローグに、こういう一節がある。

 本文でも述べたように、タイムマシンというものには本質的な矛盾が伴っている。だから……というわけでもあるまいが、話のもっていきように困って、こんなうっちゃり型のストーリーが類型化してきたのかもしれない。
 たとえばアメリカの人気作家フレドリック・ブラウンなども『黒の狂言』という題で、このての短編を書いている。
 黒人との混血児が、白人娘と結婚したいために未来人になりすますのであるが、この贋未来人は熱弁をふるう。
 彼は四千年の未来から来たことになっているが、この世に大きな戦争があってそのあとの時代には、世界の人種が一つに融合するというのである。白人と黄色人種が殺し合っているあいだに、しばらく黒人が世界を制覇するが、やがてあらゆる民族が雑婚して、黒も白もとけ合い、その未来人の次代までに皮膚の色はならされてしまうと説明する。
 こうして結婚に成功するが、やがて娘の兄と保安官に正体を見破られることになる。

このフレドリック・ブラウンの『黒の狂言』(Dark Interlude,1951,マック・レナルズと共作)は、『未来世界から来た男』というタイトルで翻訳され、同名の短篇集に収録されている。
それを読むとわかるのだけど、都筑氏はこの短編を誤解している。
実際はこういう話なのだーー時間旅行の実験で四千年の未来から現代のアメリカへやってきた男が、現代の娘と出会って恋に落ち、結婚する。娘の兄は突然現れた未来人と称する男に戸惑うが、次第に受けいれる気持ちになる。ある日、ふとした会話の中で、男は未来では人種がなくなっているという話を義兄に語る。「…と言うことは、お前には黒人の血が流れているのか?」と尋ねる義兄に、「ええ、少なくとも4分の1はね」と平然と肯定する男。黒人の血が混じった奴が俺の妹と寝てるなんて! 逆上した義兄は男を射殺する。後になって義兄から殺人の告白を受けた保安官は、未来人云々は白人の娘と結婚しようとした黒人の作り話に違いないと決めつけ、事件自体をもみ消してしまう。

つまり未来世界から来た男の話は真実なのだけど、偏見に凝り固まった男たちにはそれが理解できなかった、という話なんですね。町山さんの文章にある、"異人種混交への恐怖"を風刺する作品だといえる。

都筑卓司が『タイムマシンの話』を出した当時(1971年)、"Dark Interlude"は『未来世界から来た男』として既に訳出されていた。それをわざわざ『黒の狂言』と書いてるからには英語で読んだんだろう。都筑氏がSF好きだったことは著書の内容からも伺える。昔読んだ短編をふと思い出して引き合いに出してしまったのだろう。
まあ、この部分は『タイムマシンの話』という本にとってはエピローグ中のほんの数行の余談であり、それをとやかくいうのも重箱の隅をつつくような話ではある。しかしなあ。