大友良英『ENSEMBLES』

駅から20分ほど歩いてYCAMに到着。建物の前の広場の芝生が綺麗だ。


[without records]

建物に入ると最初に目に入ったのが『without records』。ホールに古いポータブルレコードプレーヤーがたくさんディスプレイされている。

レコードは載っておらず、ピックアップは直接ターンテーブルに触れている。ターンテーブルにはレコードやゴムの断片等が貼付けられたり様々な加工が施されている。多くの場合アームは上下動だけで横には動かないように"止め"を入れられている。
不意に電源が入ってターンテーブルが回転し始める。電源が入るタイミングはランダムに思えるが、場所ごとにゆるい"群れ"があるようにも思える。電源が入ると、たとえばターンテーブルの上に棒状のゴムが貼付けられていた場合、ピックアップがゴムの上を通るたびに一定のリズムでプツリプツリと音を立てる。ターンテーブルは回転しないまま、ただピックアップ部分の接触によるノイズを発振し続けるものもある。
よくまあこんだけポータブルプレイヤー集めたな、というのが最初の感想。ポータブルプレーヤーはジャンク品であればヤフオクでも比較的集めやすいものではあるけど、100台も並べられると迫力がある。
60-70年代にデザインされたポータブルプレーヤーはポップで可愛らしい、ペット的なデザインが特徴だ。レコードなしで始まりも終わりも無いノイズを発生し続けるポータブルプレーヤーは、一つ一つが生物のようだった。そういや、光庭の木の上にてんとう虫の形をしたプレーヤーも見つけた。ターンテーブルの虫たちが棲む林。


[orchestras]

展示室の中に入ると、中は真っ暗。ハモニカのような音が低く響いている。スピーカーは円周状に取り付けられているのか、えらく立体的な音響。
部屋の中央に上からライトの光が落ちていて、その真下に円錐をひっくり返した形の高い台がある。台の上には四角い鏡が五つあって、鏡の下には機械的なジョイント部が見える。
次第に、あたりの床に何人かの人が座っているのが見えてきた。まだ闇に眼が慣れてないせいか部屋の奥がせりあがって見える。おそるおそる奥に進み、座り込んで鑑賞する。
上からは絶え間なく様々に重なりあう音響が降ってくる。それにあわせて中央の鏡が動くと、反射された光が部屋のそこここを照らし出す。
見上げると最初に眼に入ったのはぶら下がった古い椅子で…どうやら天井には無数の廃物がみっしりとぶら下げてあるようだった。
頭に浮かんだのは(場違いだけど)ヒロシマという単語で、それはこの頭上を覆う廃物の群れが、爆風で吹き上げられる一瞬を固定したように見えたからだ。以前、ヒロシマをテーマにしたそういうインスタレーションを見た事があるような気もする。
もっとも、天井の細部が次第に見えてくるとともに、最初に受けた激しい印象は薄らぐ。天井から下がっている廃物の多くは、リサイクルショップの倉庫で埃をかぶっていたり、廃校になった小学校の中に打ち捨てられていたりするようなものたちだ。古い掃除機、人体の図、家具、チャイルドシート、立て看板、椅子、ゴザetc.
光の点が廃物たちの上を動く。それにあわせて/無関係にさまざまな楽音や雑音、人の声、電子音が天井のそこここから降ってくる。天井の闇の中で廃物がざわめいているようにも感じる。

    • 鍾乳洞に似ている。上から鍾乳石のようにぶらさがっている廃物たち。落ちてくる記憶の音。落ちてくる光といい…
    • 光の点が廃物の上を一瞬走る。すると音がする(ような気がする)(錯覚だけど)。ちょうど、オルゴールのドラムの爪が板をはじくと音が出るのに似ている。立体オルゴール。
    • 記憶をスキャンする脳内ではこんな風に光が走っているのではないか。何かを思い出そうとしている脳の中ってこんな感じなんじゃないか。
    • 廃物に漲る昭和感。こっちがほんとの『20世紀少年』なんではないか。いや漫画も映画もみてないんだけど『20世紀少年』。たぶんこっちが本物。
    • 「あらゆる事物を演奏できる夢」のことを山下洋輔がエッセイに書いてたことがある。ここにあるのは同じような夢かも。
    • 録音された音の幽霊的な響き。廃物がまとっている記憶の幽霊的な感触。お化け屋敷のようでもある。
    • 音響はいつか激しいリズムの群れに変わっている。光もめまぐるしく動き時に閃光が全体を照らし出す。嵐の夜。コワイ。
    • あるいは囁き声。無数の日本語の囁き声が天井から降ってくる。囁き声独特の、あの喉を擦る息のような音、あれはなんであんなに気になるんだろう。
    • 背後の音って気になるな
    • ばらばらな音の群れの中で女の人が懐かしい・ような気がする・でも名前を知らない歌をうたっている。耳がうたに吸い寄せられる。

40分の音響を一巡半ほど、寝そべったり座ったりしながら聴いた。
それから部屋の端にある階段から地下に降りた。この作品には地下の部があるのだ。
地下は工事用木材で作ったダンジョンのようになっている。入り口部分の壁にはワークショップ参加者によるとおぼしき落書きがみっしり。アンサンブルくんという謎の4コママンガが描いてあったり。写真も貼ってあるけど、インクジェットプリンタっぽいのはちょっとなー。しかしなんだかウエスタン系の喫茶店の店内みたい、それも店主が自分で内装しました系のとりとめのなさ。とか思いつつ歩いていると、古いホテルや秘宝館系の意匠を思わせる木の飾り(?)が唐突に出現したりする。壁の隙間から、地下を照らすミラーボールがくるくる廻っているのが見える。ますます秘宝館だ。
地上では音響が"嵐の夜"の部分に再びさしかかっている。と、突然ぐぁーーーーーーーんという音がダンジョン一杯に鳴り響いた。なんだなんだと思って見回すと、ダンジョンの木の壁の向こうから音が‥‥壁の隙間に眼を当てると、中にはギターが垂直にぶら下がっていて、そいつが音を発しているようだった。以前大竹伸郎展で見たギターの作品を思い出した。
ダンジョンの出口近くにはヘッドフォンと針金を使った作品があった。ヘッドフォンを装着して針金に触ると、ヘッドフォンから誰かが歌う声が聞こえる。ラジオのアンテナに触ると音が大きくなったり小さくなったりするのに似ている。二本同時に触ってミックスできないか試してみた(できなかった。ざんねん)。


[quartets]

正方形の真っ暗な部屋の中央に、白い大きな四角柱が置かれている。四角柱の中にスピーカーがあってそこからカルテットが演奏する音が聞こえる。四角柱の4面には演奏者のシルエットが映写され、対面する壁には音響とシンクロするテクスチャ(振動する粒子、液体、紐等)の映像が映写される。
いってみれば四角い大きな行灯の中に演奏者がいて、側面に影絵が映っているような感じ(実際は外側から投影される映像だけど)。行灯の周りでは音に合わせてピリピリ震える砂粒や水の映画を上映している。それを周囲を歩き回りながら、あるいは適当な壁に座り込み、寝そべって鑑賞する。
影絵が楽器を演奏してるのを見てるとなんだか鈴木翁二のマンガを思い出す。タナカカツキの初期のマンガも影が印象的だったなあ…とか思ってるうちになんだかぼんやりとした叙情的な気分になったりする。
でも実際に演奏している影のディティールを見るうちに頭はもう少しハッキリした方向に動き出す。影絵を見ていると輪郭の細部に注意が行く。周囲の壁に映写されるテクスチャは音響と正確にシンクロして振動する。影絵もシンクロしてるんだけど、身体の動きと音の関係はもっと曖昧で、時に捉えがたい。影絵の中でひげの男性が弦(?)をゆっくり上下させると、澄んだ音がゆるやかに長く響く。壁のテクスチャはビリビリと震える。音を出すための影絵の動きと、音を拡大するようなテクスチャの振動、そして響き渡る音響そのもの。
つまり映画のことを考えようとしてるのかなオレは、とか思いつつそれらすべての捉えがたい全体を眺める。


[filaments]

閉館後の図書館を利用して行われる音響とLEDの光のインスタレーション。薄暗くなりはじめた図書館上のブリッジに入るとサインウェーブが空間を満たしていた。時折別の突発的な音が(どういえばいいのかわからないのが残念)入って、何となく下で何かが起きているような感じが……………………いやすいません、この作品についてはいまひとつ入り込めなかったというか、そろそろ疲れて集中力が続かなくなって…あんまり言い訳になってないが。他の作品に比べて鑑賞者の能動的な集中を要求する作品だったと思う。でもあのブリッジに立ってじっと聴くのはなー。サインウェーブは頭を動かすと聞こえ方が変わって面白かったけども。
できれば下の、閉館後の図書館を歩き回ったりしたいなあと思ったけど、まあ保守の面から無理ですよね。