スタニスワフ・レム『天の声・枯草熱』

かつてサンリオ文庫で出ていた作品二つのカップリング。

・天の声

面白いけど読むのしんどかった。天才数学者の書いた手記と言う設定なんだけど、天才が書いてるせいか、緻密すぎる思索のモノローグが延々と続く。なんというか、このひとかんがえすぎー、と思ってしまう。読みながら何度か眠ってしまった。

お話自体は単純と言えば単純。ある時宇宙の彼方から地球へニュートリノによる信号らしきものが届く。その内容を解釈するためにアメリカ政府は科学者を施設に集めて研究させる。その過程でコロイド状の物質が合成されたり、信号自体の奇妙な性質がわかったりするけど、信号の"真意"にはどうしても明らかにならない。そして計画は政治の波間で変質していく。

68年に出版された小説。同じように宇宙からの通信の解釈プロジェクトを政治も絡めて描いた『コンタクト』を書いたカール・セーガンはこれ読んでたのかな。レムに比べりゃセーガンはずいぶんと脳天気だ。もっとも『コンタクト』の楽天性は、あれはあれで、好きなんですが。
それにまあ、レムを持ち出せばたいていのSFは脳天気だと言うことになりそう。レムはだいたい常にSFが終わる場所で書いている気がする。

アメリカ辺りで問題になってる創造論と進化論の対立に興味を持っている人がこの小説読むと面白いんじゃないかと思う。また、この小説の最後に出てくる仮説は人間原理やシミュレーション・アーギュメント(http://transact.seesaa.net/article/24590167.html)をも連想させる。ということでこの小説の主題はイーガンの『万物理論』にもつながってくる。
人間は自分を含む宇宙を理解できるか?という古い問いがある。レムによればそれは難しい。セーガンは希望を持っている。イーガンは、理解できたら人間も世界も変わってしまった、と言うヴィジョンを描いた。ダグラス・アダムスによれば宇宙の究極の問いの答えは42なんだけどまあそれはこの際おいといて、SF作家はやっぱこーゆー問いを問うてほしいなあと思います。その手の青臭い問いを小説に書くから僕は学生から人気あるみたいだ、ってヴォネガットも言ってたよ。
いや宇宙どころか人類それ自体も個人には理解不能かもしれない。この小説はマンハッタン計画のような政治絡みの巨大プロジェクトを描く作品でもあるけど、プロジェクトの中の人間は、自分がプロジェクトの下位システムに過ぎないことを認識せざるをえない。この点でレムの小説はスラブ的な不条理小説にも似てくる。

・枯草熱

こちらはうってかわってハードボイルドな雰囲気もただよう推理小説。まあ通常の意味での推理はしないんだけど。あと主人公が元・宇宙飛行士ってのもあんまり普通ではないかも。
レムのもう一つの推理(?)小説『捜査』は不条理オチとでもいうべきオチだったけど、これはちゃんと解決編があります。あっ『捜査』のネタバレしてしまった。
アクションが続くのでどんどん読めるし面白いんだけど、チェスタトンなら短編で書くんじゃね?と思ってしまった。いや、これをチェスタトン風の寓話として読んでしまうというのは良くない読み方なのかもしれない。まあレムの場合、寓話でもなんでも徹底的やるので、詰め込めるものは全部入ってる感じ。
偶然の事件の連鎖のところは、ちょっと映画の『マグノリア』のイントロみたいだった。空港で自爆するテロリストが日本人だったりするのは70年代に書かれた小説っぽいですな。