『トゥモロー・ワールド』

主人公が偉いさんの兄に会いにでかい建物に入っていったら何故か『クリムゾン・キングの宮殿』がBGMで、しかしこの建物はどっかで見たなーと思ってたら窓の外を豚の気球が飛んでて、あ、ここはピンク・フロイドのあのアルバムのあそこだーっ!…まだ豚の気球片付けてなかったのかっ。

ピンク・フロイドのアルバムジャケットで有名なヒプノシスのデザインは英国ニューウェーヴSFの香り…と思うのだけど、この映画もそげな香りをほのかに感じました。ニューウェーヴSFというと前衛的というイメージがあるけど、もひとつ反体制・政治的SFって側面があって、この映画に感じたのはそっちのほう。原作は1992年だそうですが、60-70年代英国SFの雰囲気を感じます。ちょっと懐かしい感じ。原作がニューワールズ傑作選に入ってるって言われたら信じそうになるほど。…いや、こういう話は早川さんとしたいです。そして「詰めがあまい」「全然わかってない」「半可通」と批判されたい…M?

でまー、
いろいろあるんですが
やっぱりね、
この映画は、
観た人みんな言ってますけども、

あの長廻し戦闘シーン。

尋常ではないです。たまげた。この長回しによって状況が立体的にリアルに浮かび上がってくるのがまたすごい。もうね、圧倒的。

しかし邦題でソンしてる気がする。『トゥモロー・ワールド』じゃブラッカイマー映画みたいだ。


トゥモロー・ワールド』ではピンク・フロイド『アニマルズ』の引用があった後、多くの動物が意味ありげに画面に登場する。ドッグ・レース、農場の家畜、廃墟に突然現れる鹿…『アニマルズ』はオーウェルの『動物農場』に影響を受けたとされる。社会のカリカチュアに動物が登場するのはイギリスの伝統なのかもしれない。

緑のあざやかな田園とくすんだ都市、収容キャンプに閉じ込められた移民たち…なんとなく、すごーくイギリスだなぁと思う。

ピカソの絵の使い方も印象的。いや、印象的というか…なんだかこの映画はストレートなんですな。メタファーの使い方が。学生映画っぽさすら感じる。

監督の演出の手腕が、際立って優れているとは思わない。でも、非常に真剣で熱っぽい。その真剣さが度を超して思わず観てる方がチビりそうになるのが例の長回し前後の部分だ。

この真剣さに応じられるものを私たちは持っているのか、どうだろう、無いような気がする、それでいいのか…なんてことを、少し考えちゃいましたよ。

しかしこの映画の名前でブログ検索すると「説明不足」「意味が分からない」「ラストが曖昧で欲求不満」などという不満の声も多いようなのだった。
映画にやたら説明を求める人の気持ちが、よく分からない。スクリーンに映ってるものだけじゃダメですか。

あっ。
さっき突然気付いたけど、あの『アニマルズ』の豚の気球がなんで浮いてたかというと、20世紀芸術作品として復元されてたのね。主人公の兄は文化なんたら省の大臣で、ピカソの『ゲルニカ』やダビデ像を保存してるのだ。で主人公は豚の気球見ながら「100年後に誰があれ見るんだろうな」と兄に言い、兄は「そーゆーことは考えないようにしている」と答えたのだった。いってることは分かるけどなんで豚の気球見ながら…と思ったけど、そうか。
クリムゾン・キングの宮殿』も、保存すべき20世紀の音楽として流れてたわけか。