2011年要約

    • 1月。介護の仕事を始める。
    • 1月中旬。仕事に壮絶に向いてないのが早々に明らかになる。コミュ障にもほどがあるぞ自分。これは一体何なんだとあらためていろいろ調べる。メンヘル関係の受診をしてみようかと相談機関に電話したらその筋の相談は3ヶ月待ちくらいになりますよと言われて呆然とした。なんか多いらしいですよ最近。
    • 2月。職場でも持て余し気味の人員となり他の職場(派遣)の斡旋が始まる。が、面接してもなかなか商談成立せず、売れ残りの日々。
    • 3月。このころから月10日程度の勤務になる。いろいろあきらめ、灰色だけど気楽な、部屋の隅のワタボコリのような気持ちでいた。すると11日になって茶色の濁流が世の中をがちゃがちゃに押し流してしまった。福岡に住む私にとってその大部分はメディアの向こうの出来事ではあったのだけど、それでも足下が急に危うくなったように感じる。放射線の不安から関東在住の姪たちがこちらにしばらく避難して来た。
    • 4月。いっこ年をとる。人には言えないバイトを一つする。月10日しか働いてないのに疲労困憊する。
    • 5月。休日に友人たちとレトロで小さな遊園地に行く。てっぺんの休憩所でぼーっとしてると春の夢のような多幸感に包まれた。/ 脱原発デモに参加……ではなく、見学する。カウンターでで出て来た在特会を初めて実際に見た。あまりに酷いので笑った。しかしデモの方も、うーんちょっとヒッピーの人が多すぎるなあとか思う。
    • 6月。家にダニが発生し、両腕の内側をダニにやられて酷いことになる。バルサンをたきまくる。
    • 7月。原田芳雄小松左京レイ・ハラカミが亡くなる。ゲキシネで『薔薇とサムライ』観た。
    • 8月。父の一周忌。職場で、顔を緑色に縫ってスイカの代わりにお年寄りに叩かれる役などを淡々とこなす。このころから職場の人手不足のため、再び勤務日数が通常通りに戻る。
    • 9月。働きたくない働きたくないでござるとか叫びつつ毎日職場に通う。昔治療した歯が再び痛み始め、歯医者にも通い始める。この治療がその後3ヶ月もかかるとは思わなんだ。
    • 10月。風邪をひく。気づくと少し職場に慣れてきた気がする。職場の人2、3人と飲み会したりする。
    • 11月。ある日仕事が終わった後友達とお芝居観に行って食事するワタクシ。おお、普通の人っぽいことをしている。早く人間になりたい。
    • 12月。当初より仕事にいくらか適応した一方、将来のことを考えるとおぼつかない日々。これからどうするんだ俺、全然分からん、と思いながら、白の全身タイツを着て雪だるまマンとしてお年寄りの前を走り回ったりしてます。