ポンツィ式詐欺

カート・ヴォネガットの小説『ジェイルバード』の主人公はホワイトハウスで働く役人だったが、ウォーターゲート事件の煽りをくらって刑務所に入ることになる。その刑務所の中で主人公はカーロ・ディ・サンザ博士という老いた詐欺師と知り合う。

彼は帰化したアメリカ国民で、郵便を使ってポンツィ式詐欺を働いたために、二度目の刑期をつとめていた。彼は猛烈に愛国者だった。
(中略)
アメリカで、わしは二度も百万長者になった。いずれまた、百万長者になるだろう」
「それはたしかですね」わたしは事実そう思っていた。出所すれば、彼はまた性こりもなく、三度目のポンツィ式詐欺にとりかかるだろうーーこれは前と同様、莫大な利率をエサにして、まぬけなカモに投資をすすめる方法である。前と同様に、彼は集めた金の大部分を着服して、邸宅やロールスロイスや高速モーターボートやなにかを買いこむが、一部分は約束どおりに高率の利子として払いもどすだろう。この利子の小切手を受け取って笑いのとまらない連中の口コミで、もっともっと大ぜいの人びとが寄り集まってくる。彼はその人たちの金を使い、また利子の小切手を何枚も書くーー以下この繰り返し。
 ディ・サンザ博士の最大の強みは彼の底抜けの阿呆さかげんにあったと、いまのわたしは思う。彼が詐欺師として稀代の成功をおさめたのは、二度の有罪判決を受けたあとでさえ、ポンツィ式詐欺のどこが必然的な破局を招くのか、まだ自分でもよくわかっていなかったからなのだ。
「わしは大ぜいの人びとを喜ばせ、金持にした」彼はいった。「きみはそんなことをしたか?」
「いいえーーまだです」わたしは答えた。「しかし、いまからでも遅くないでしょう」
(『ジェイルバード』カート・ヴォネガット浅倉久志訳)

円天の波会長がニュースに出ているのを見てて、このくだりを思い出した。波会長のblog、いまだに更新してるのな。原稿を書きだめしてたらしい。blogの文章は完全に支離滅裂だけど押しが強いということだけはよくわかる。こういう人って意図的に他者を欺いているというより、自分の言ってる事をある面で完全に信じ込んでるんじゃないかと思う。
ディ・サンザ博士同様、彼も自分の構想が何故破綻するのか自分でもよくわかってないーー少なくとも、カモを前に説明してる時や、パンフレットやblogの文章を書いている時は。自分の構想を自分自身にすっかり信じ込ませる能力が、彼を雄弁にする。その雄弁を利用するのは彼のうちのもう一つの人格か、あるいは周囲の人か……まあマルチの類いはだいたいトップに派手なことを言うキチ○イ据えて、No.2に悪いのがいるっていうけどね。

それはともかく『ジェイルバード』のさっきの部分の続きを今読むと、なんともいえない気持ちになる。

 経済学の初歩しか理解できないわたしだが、いまではこう考えたい気持ちになっている。うまくいっている政府というのは、どれも必然的にポンツィ式詐欺ではなかろうか。とうてい返せるあてもないのに、莫大なローンをするのだから。それ以外の説明で、外国語の達者なわたしの孫たちに、どうして千九百三十年代の合衆国の状況をなっとくさせることができるだろう。あの頃の経営者や政治家は、自分の下にいる大ぜいの人びとに、食料や衣料や燃料のような基本必需品を手に入れるだけの収入をさえ、与える方法を知らなかった。一足の靴を買うのが地獄だった!
 それから、とつぜん、前には貧乏だった人びとが、りゅうとした身なりで将校クラブに入り、フィレミニョンやシャンパンを注文するようになった。前には貧乏だった人びとが、小ざっぱりした身なりで下士官クラブに入り、ハンバーガーやビールを注文するようになった。二年前には靴の底にあいた穴をボール紙でつくろっていた男が、とつぜんジープやトラックや飛行機や船と、無尽蔵の燃料や爆薬を持つことになった。
(中略)
 なにが起こったのだろう?
 これがポンツィ式詐欺でなくてなんだろう?

実際、こっちの方が問題なわけでーー