こころの問題(違う)

例のゲド戦記の歌が街のあちこちで流れてますけど、"こころを なにに たとえよう"が2chの書き込みで"心オナニー例えよう"(下品ですいません)となってるのを見てからというものそうとしか聴こえなくなったわけだが、この現象は何かに似てると思い、そうだ、尾崎紀世彦また逢う日まで』の"その時 心は何かを 話すだろう"が"その時 こころ 罠に顔 離すだろう"に聞こえるのとにてる、と思い至った。筒井康隆がエッセイで"尾崎紀世彦がでかい顔を罠に挟まれて離せずに苦しんでいるところを想像してしまう"と書いたのを読んで以来、そういう風に聴こえるようになったのです。
どっちもフレーズに"こころ"が入っているところに何かあるのかと一瞬考えたが多分何もない。

ところでジブリはどうせル・グィンの原作なら短編『オメラスから歩み去る人々』やってほしかった。ジブリじゃ無理かね。