レッカー


知人に頼まれて、ある団地の写真を撮りに行った。実家の車を借りて出かけた。団地が見おろせる坂道の上に車を停めた。
カメラを取り出そうとして、家に忘れてきた事に気付いた。私はいつもこんな風だ。一番肝心なものを忘れる。
しばらくがっくり落ち込んだ後、車の中にあるデイバッグに小型デジカメが入ってる事を思いだした。
デイバッグの底から取り出したデジカメは、記憶にあるものと違っていた。角が妙に尖った、おもちゃのような形だ。液晶画面も無く、小さなファインダーを覗かなければならない。こんなの持ってたっけ…トイカメラみたいな低価格デジカメを昔買った気はするけど。
まあいいや。カメラには違いない。そのカメラで、坂の上から何枚かの写真を撮った。

車を停めたまま坂を降り、団地の中に入っていった。
知人が何故、この団地の写真を撮ってくるよう自分に頼んだのかはよく知らない。知人は確か、不動産関係の仕事をしていたはずだ。仕事の資料か何かに使うのだろう。資料なら写真はたくさん撮っておいた方がいいと思い、あちこちにレンズを向けてはシャッターを押した。
いい天気だった。団地の路上に人の姿は無かった。まあ平日の昼間はこんなもんだろう。写真を撮っているところを不審の眼差しで見られるのはイヤなので、他人と会わないで済むのはありがたかった。
気付くと車の入れない細い道に入りこんでいた。道は前の方で切れていて、そこから先は下りの階段になっていた。
階段を降りた。
そこは小さな森を背景にした墓地だった。地表は鮮やかな赤い土に被われていた。しっとり濡れた赤土から、たくさんの墓石が上に向って伸びていた。雨後のタケノコのように、というか、集合写真を撮るために集った中学生達みたいに、というか。墓石の名前が刻まれている側は、すべてこちらを向いていた。墓石たちの視線を感じた。
これは一枚写真を撮っておくべきだと思った。心霊写真がとれるかもしれない。
でも、カメラのシャッターは下りなかった。どうもフィルムが切れたらしかった。あ、これはデジカメじゃなかったんだ、とようやく気付いた。いちいち間抜けだ、私は。
ともあれフィルムが切れたんじゃしょうがない。そのまま引き返した。
帰りは道路ではなく、団地の建物の横の部分を抜けていった。そちらの方が近道に思えたからだ。
途中、大きな人形がいくつも転がっているのを見た。ドライフラワーのような植物素材を束ねて作った身体に、既製品の人形の頭をかぶせた、身長1メートルほどの人形たちだった。ああいう人形を作る芸術家が、この団地に住んでいるということだろうか。人形は無造作に捨てられているようにも見えたし、作者によって意味ありげにディスプレイされているようにも見えた。
ようやくもとの車を停めた坂道の上に戻った。しかし、車の姿はどこにもなかった。
そういえば、違法駐車の取り締まりが最近厳しくなったんだっけ、と思いあたった。
これは…困った。レッカー移動されたのは初めてだ。確か車を取り戻すには金がかかるんだよな。点数も引かれる。今日車が取り戻せなかったら実家に説明しなきゃいけないが、それも考えるだにめんどくさい。
車のあった場所の路面にチョークで何か書いてあった。取締の警官が書いたのだろう。でも、字がひどく乱れていて読めない。参ったな。どうすればいいんだろう。パニックになりながら考えた。(1)近所の交番に行ってみる(2)110に問いあわせる(3)とりあえず家に帰って寝てしまう…いやそれは…ええっと。いや、そうだ、目を覚ませばいいんだ。これは夢だ。その証拠に私は今目を覚まそうとしている。

ベッドから身体を起こした。窓の外では雨が降っていました。
夢でよかった。そして路駐には気をつけようと思いました。
今朝のできごと。
久々にはっきりした夢を見ました。