『一角散』津野裕子

一角散

一角散

『鱗粉薬』から8年ぶりの津野裕子の新作は再び薬の名前の短編集。

「散歩」というのは漢方薬を飲んだ時に身体が発する熱を散らすために歩くところから言うそうな。
『一角散』におさめられたマンガはまるで薬のように心身に働きかける。読むと軽く熱が出そうになる。だから一気には読めません。一篇ずつ、読むたびに外の空気を吸いつつ、慎重に服用すること。

作品の中で描かれるのは夢の情景。それから、魔女の娘たちの物語。
私はオカルトを信じるものではないけれど、これらの作品を読むと、夢の魔術的論理だけが本当に現実的な論理だと思えてきます。
論理学が扱うような論理は他人との合意をとるために必要だけど、世界と私の固有のつながりを信じさせるのには力不足。それを信じさせるのは象徴、類似、デジャヴといった夢の言葉の役割です。
津野裕子は夢の言葉を丁寧に集めて作品を作る。彼女の描く涼しげな空間の中には夢の論理が高密度で埋め込まれています。だから、これらの作品にはリアリティがあります。現実を裏支えしている夢のリアリティ。

それにしても夢の中で描くわけでもなかろうにどうやったらこんな作品を描けるのかわからない。それこそ、魔術でも使ってるのかっていう。

多くの作品はいつもどおり夢のスケッチという感じのものだけど、描きおろしの『セルピエンテ・ドゥルミエンテ』は南米(メキシコ?)の女性を主人公にして、意外なほど普通にロマンスしてました(いや、ほかの作品でも濃厚にロマンスはしてるんだけど、ストレートに物語として語ることは珍しいような)。
また、『一角散』には『鱗粉薬』所収の『ミラースクイング』にはじまる魔女の娘・ジェミニのシリーズの続きも収録されてます。母親の魔術で小さくされてしまった双子がかわいい。

『一角散』の装丁は坂本志保。この人のデザインは好きだなあ。私がこの人を意識するようになったのは一連の岡崎京子の単行本で、そういえばこないだ出た岡崎京子『東方見聞録』もこの人でした。
『東方見聞録』は金色のプリントをシールのようにカバーに乗せたところが良かった。
『一角散』はカバー取ったあとに現れる"空白"の部分が、わかってんなあ、と思わせます。